スウィート・ホーム・シカゴ


4月10日土曜日、B.B.キングと交わした感動の握手から一夜明け、
私達は朝7時半頃、部屋を出た。
エレベーターに乗ろうとすると、
カラフルな水着を着た子供たちが嬉しそうに浮き輪を持ってはしゃいでいる。

子供たちは私達の前を通って先に降りようとする時、
「Excuse me」という言葉を自然に口にしながら去っていった。
日本にはそのようなマナーが定着していないので、
子供達のちょっとした言葉に日本とのしつけの違いを感じる。

今日はシカゴの南、ハイドパーク地区の南東に位置する
科学産業博物館「Museum of Science and Industry」を訪れる予定だ。
総面積約5万7000uの展示フロアは、75の部門に分かれ、
模型や映像、シュミレーターなどを通して
科学や産業を楽しみながら習得できるよう工夫が凝らされている。

私が見たい特別展示室のタイトルは
「Sweet Home Chicago Big City Blues 1946−1966」
「シカゴ・ブルース」にまつわる展示室だ。
2003年は「ブルース生誕100年」ということもあって、
アメリカでは映画やコンサート、展覧会など
ブルースに関する催し物が盛んに行われていた。
昨年の10月頃はシアトルの博物館でこの展示室が設けられていたらしい。
シカゴでの展示期間は2月1日から6月20日まで。
この間、私はタイムリーにシカゴに来ることができて、ラッキーだった。

この博物館に行くにはホテルからゲイリーという街までタクシーで行き、
そこからメトラ(電車)に乗って「59th St.」で降りる。
調べたらそこまで行くメトラが2時間に1本しかない。
早速タクシーを呼ぶためフロントに行くと、
そこで昨晩B.B.の楽屋前でお話をしたファインさんと偶然出会った。
彼女はキーを片手に持ち、ホットコーヒーをすすっている。
お互いにビックリして「おはよう!」と挨拶を交わす。
「ちょっと待ってくださいね。今、タクシーの予約をしてきますから。」
私はファインさんに言った。

フロントでタクシー会社に電話をしてもらうと、
「ホテルに着くまで45分かかるそうですが、どうしますか?」
という言葉が返ってきた。
私は意気消沈しながら「待ちます」と応答。
後ろで待つファインさんが「どうしたの?」と尋ねてきたので、
事情を説明すると、
「私はこれからシカゴへ自分の車で帰るから、一緒に乗せて行ってあげるわ。」
とおっしゃってくれたのである。
「えっ、いいんですか?
でも一度ハイウェイをおりなくてはいけないので申し訳ないです。
タクシーをここで待ちます。」
と答えると、
「大丈夫。気にしないで!」と同乗を促してくださったので、
父と二人でファインさんの車に乗せていただくことにした。

ファインさんは車に乗る時、
自分の服に付いていた「B.B.KING」というバッジを外し、私の上着に付けてくれた。
それは楽屋のテーブルの上に積まれていたバッジと同じもの。
「いくつか持っているから、あなたに一つプレゼントするわ!」
彼女の気持ちが嬉しかった。

その後「これも!」と言って「TODAY」と書かれた小冊子を2冊くれた。
ページをめくると聖書の言葉がたくさん書いてある。
お礼を言ってかばんにしまった。

車のエンジンをかけるとファインさんはおもむろにCDをセットし、
ヴォリュームをあげる。
そのとたん流れてきたものはBBの歌声。
私も喜んで「この曲、いいですよね〜。昨晩歌っていましたね!」と言うと
ファインさんは「私も好きなの!」と言ってBBの声にあわせながら歌い始めた。
ハイウェイを走りながら、ファインさんは感情を込めて歌を歌う。
時には一瞬ハンドルから手を離して両手を広げることさえある。
まるでゴスペルを聴いているみたいだ。

博物館の近くに来た時、
「もしよろしかったら、一緒に朝食を食べませんか?」
と私はファインさんを誘い、彼女が知っているお店に連れて行ってもらった。
初めて味わうお店の雰囲気。
ホット・ケーキがとてもおいしい。
彼女は自分が頼んだお料理も私に分けてくれた。
ファインさんは笑顔で話すが、時々フッと淋しい表情をする。
日本のことや音楽の話をしたりして、とても楽しい時を過ごした。

ファインさんは博物館の駐車場で私達を降ろす時、
「今晩、私もBBのライヴに行くからきっとまた会えるわ!」
と話してくれた。
私はささやかなお礼を入れて
「この袋は日本の古い着物の生地から作られています。
私のお気に入りですが、あなたにプレゼントします。」
と言ってファインさんに渡すと、
彼女は「ありがとう。」と言いながら私の肩に手をまわした。

ファインさんの親切に感謝をしながら博物館の入り口へと向かう。
エントランスには「Sweet Home Chicago」と書かれた大きな垂れ幕がかかっており、
建物の雄大さ、豪華さにしばし見とれてしまった。

メインロビーは吹き抜けになっていて、長いエレベーターが上に伸びている。
大人から子供までたくさんの人々で賑わい、家族連れも多く見かけた。
まずはブルースの展示会場に直行。

入り口を見上げると、マディ・ウォーターズの姿が目に入った。
会場内にはいくつかテレビ・モニターが備え付けられていて、
著名なブルースマン達のインタビューやライヴ映像が常時流されている。
額に入った写真も数多く並べられており、
マディのサンダーバード/S−200のギターや
ココ・テイラーの真っ赤なドレス、ハウリン・ウルフの白いステージ衣装、
そしてリトル・ウォルターのオレンジ色のジャケットとハープ、
エリック・クラプトンが60年代の終わり頃使っていたという
フェンダーのギターなども展示されていた。

当時マディ・ウォーターズやリトル・ウォルターなどのブルースマン達が
演奏をしていた「Maxwell Street」の様子も紹介されていて、
イギリスのロッカー達がブルースに夢中になり、それを再生させたことや
ブルースが今日のポピュラー音楽の基礎になっていることも解説されていた。
若き日のB.B.キングが、
ボビー・ブランドとジョイントしたライヴのポスターも貼ってある。

ここはブルース好きの人間にとってはまさにパラダイス!

会場の奥には大きいスクリーンがあって、
アメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバル(1963年頃)の
貴重な映像がエンドレスに流されており、
私は根が生えたように1時間以上もイスに腰を降ろしてライヴ映像を観てしまった。

マディがオーティス・スパンやウィリー・ディクソンと
「ガット・マイ・モジョ・ワーキング」を演奏しているシーンや
サニー・ボーイ・ウィリアムスンU世の後ろでマディが踊っているシーンもあった。
メンフィス・スリム、ジョン・リー・フッカー、ロニー・ジョンソン、
オーティス・ラッシュ、ジュニア・ウェルズなど数多くのブルースマンが登場。
ステージだけでなく、観客席の様子も度々映し出される。
イスにきちんと座って、彼らの演奏に大きな拍手を送る白人達。
その光景を観て、何かを感じるのは私だけだろうか?

会場入りしたのは10時半。
アッという間にお昼になり、昼食後大急ぎで他の展示会場も回った。

今年は日本がブルース・イヤー。
あの「シカゴ・ブルースの部屋」は日本にも来ないのだろうか?
日本のブルース・ファンにも是非観せてあげたい。
3時ごろ、後ろ髪を引かれる思いで科学産業博物館を後にした。

「Sweet Home Chicago」
これは、ロバート・ジョンソンなど数多くのブルースマン達が歌った
ノリの良いブルースの定番曲。

「Come on, baby don't you want to go
Come on, baby don't you want to go
To the same old place, sweet home Chicago・・・」

学生時代にこの曲を演奏した時の懐かしい思い出も、
私の脳裏によみがえってきた。

<04・5・19>



ファインさんからもらったバッジ

Museum of Science and Industry


Maxwell Street の様子

博物館を後にして・・・・